No.45 ナズナ ―蘇軾羹―

篠田統氏は「近世食経考」の中で中国の料理書を「食単類」「佳肴類」「殊品類」「清供類」に分類されています。「清供」とは政争に敗れて在野に下った知識人が世俗を厭って追い求めた風流な料理を意味し、特に野菜料理などの清らかな料理を「清供」と称します。『大漢和辞典』に「清供」を引くと『和漢三圖會』「玉簪」の「画譜に云う、其の花弁に少しく糖霜を入れ、煎食せば、香清味淡、清供に入るべし」という用例が出てきますが、「玉簪」とはタマノカンザシの和名を持つ植物でギボウシの仲間、山菜ではウルイに近い植物です。雑草をあれだけ載せている『救荒本草』にも現れないので、ほとんど顧みられない草だと思われますが、この誰も食べない誰も知らない「玉簪」の花を清い香り、淡白な味わいと賞して、世俗が好む料理と一線を画すのが「清供」の特徴です。代表的な料理書には宋代に著された『山家清供』がありますが、ここでは蒸した瓢箪を「藍田玉」と名付けてみたり、大根の粥を「玉糝羹」などと呼んで故事来歴を語っています。たかだか瓢箪の蒸し物ですがその姿が透明で緑がかっていることから「藍田」の翡翠に喩え、大根を白玉に見立てて薀蓄を大いに語るわけです。この薀蓄がやや鼻につくので好みは分かれるのですが、「清供」に多くの賛同者が居るのもまた事実で、政争に敗れて官職を失った知識人や世捨て人達が「清供」という食のジャンルを確立して行った訳です。

詩人として知られ美食家でもあった蘇軾が愛した料理は後世彼の名にちなんだ料理名が付けられました。例えば彼の号「東坡」を冠した「東坡肉」は「豚の角煮」として我々にも馴染み深いものです。蘇軾はまた悲運の政治家でもあり、政争に敗れた後は知事として中国各地を転々としたのですが、そんな境遇の中にあって彼はナズナについて次のように述べています
「あなたがもしナズナの味を知ったなら、陸海の八珍などはみな下品で飽きがくる味に思えるでしょう。天はナズナを生じさせて幽人山居の者に俸禄として与えたのですから、おろそかにすべきではありません」
蘇軾が愛したナズナのスープは「蘇軾羹」と称されて後世に伝えられたため一つの風格を得ましたが、当時蘇軾がそうであったようにナズナはその真の価値を評価されない野草です。農家にとってはやっかいな雑草であり見向きもされない野の草でありながら、その味だけはフカヒレにも引けを取らない隠れた食材であり、中国で言う「野菜」の筆頭と言ってよいものです。

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